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維新史跡 十朋亭(じっぽうてい)

十朋亭(じっぽうてい)。

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ここは、私の主な職場大路ロビーの向かい側にあり、訪問者が来た場合、案内することになっています。
本日は、お客様が来たのに、相方のKさんにお任せしてしまい、何もできなかったbutako。

明日からはしっかりと説明できるように、今日は十朋亭の紹介をしたいと思います。
(書いて覚えます!)

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十朋亭(じっぽうてい)は、山口の有力商人で醤油業を営む萬代家(ばんだいけ)の離れ座敷として、享和年間(1800年ごろ)に建てられました。
大部分は当時のままで、近世の民家建築の様式を目の当たりに出来る、貴重な建物です。

実際に、私も先週日曜日に訪れました。

雰囲気のある木造の門をぬければ、アプローチが少しあり、建物内の玄関門をくぐります。
(どんだけ門をくぐるのか)

この日は、土日祝日にいらっしゃる案内人のYさんがいらっしゃったので、いろいろガイドをしていただきました。

建物の所有者は萬代家。
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代々醤油製造を業とする豪商萬代家の離れとして建てられたものです。
当時、山口では藩も一目を置くほど栄えていました。

幕末期、長州藩主 毛利敬親が、萩から山口へ藩庁を移した際、萬代家が藩の役人たちの宿泊所となり、当主・萬代利兵衛が志士達の活動を援護していたことから、多くの来客があったと伝えられています。

桂小五郎、高杉晋作、久坂玄瑞、大村益次郎など、維新の志士の名が連なります。また、*長州ファイブの一員の伊藤博文が、この十朋亭を宿とした記録も見られます。

*長州ファイブ(長州五傑)と呼ばれ、幕末に長州藩から派遣されてヨーロッパに秘密留学した、井上聞多(井上馨)、遠藤謹助、山尾庸三、伊藤俊輔(伊藤博文)、野村弥吉(井上勝)の5人


十朋亭はもともとは茶室でした。
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六畳間、四畳半と分かれており(butako宅と同じ間取り!)、雨戸を隠すための飾り扉があったり、ものを掛けるためのフックが、押し出し式になっていたり(なので必要ない時は見えない)、シンプルでモダン、これぞ和の骨頂といったところでしょうか。
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また縁側の外壁には丸い窓あり、この窓から眺めると、遠くの山が借景のように収まり、1枚の絵を見ているよう。(現在は、塀とビルでさえぎられていますが)

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(出入り口付近にある提灯入れ。たしか街灯のない時代。提灯は必需品です。)

本当に粋な茶室です。

一方、その向かいに建つのは、別の離れで、伝杉私塾です。
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そう、ここでは、杉民治(すぎみんじ):吉田松陰の兄が、維新後の一時期、塾を開いたとされています。
杉民治は、藩および山口県に明治9年まで勤めていました。
吉田松陰に連座して、免職になることもありましたが、民政に尽くしたことから、同2年(1869年)に、藩主より「民治」の名を拝領しました。
後に萩で、松下村塾を再興し、また修善女学校長となるなど、子女の教育にも努めました。

大路ロビーから徒歩1分の十朋亭、是非訪れてみませんか?
是非9月中に!!

というのも10月3日から、2年間の修復工事に入るため、閉館してしまうのです。

山口に行く予定の方、山口に在住でまだ行ったことのない方は行きましょう。
入場は無料ですよー。

十朋亭
場所:山口市下竪小路112番地1
時間:10:00~17:00
入館料:無料
休館日:火曜休館(祝日の場合は翌日)
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by yamaguchi-sosei | 2016-09-07 15:55 | 山口市の見所
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